東京高等裁判所 昭和39年(ネ)913号 判決 1966年11月01日
控訴人 大洋自動車交通株式会社
右代表者代表取締役 吉田久次
右訴訟代理人弁護士 安藤一二夫
同 那須忠行
同 岡田豊松
右訴訟復代理人弁護士 中津林
被控訴人 第八京王自動車株式会社
右代表者代表取締役 岡元貞義
右訴訟代理人弁護士 並木俊守
右訴訟復代理人弁護士 渥美雅子
同 佐藤唯之
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。第一次請求として、被控訴人は控訴人に対し金七、五〇八、〇六三円およびこれに対する昭和三五年八月二六日から完済まで年五分の金員を支払え。第二次請求として、被控訴人は控訴人に対し金七、一二九、二九六円およびこれに対する昭和三五年八月二六日から完済まで年五分の金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文第一項と同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否は、次に付加するほか、原判決の事実摘示と同じであるから、これを援用する。
一、控訴代理人は次のとおり陳述した。
1 本件仮処分は原判決添付別紙第二目録記載の土地(以下本件土地という。)に対する控訴人の占有を解いて執行吏にその保管を命じたもので、控訴人にその使用を許さないいわゆる断行の仮処分であるから、かりに第一審被告青梅交通株式会社(以下青梅交通という。)に占有保持の訴による仮処分被保全権利があるとしても、そのための仮処分としては現状不変更の仮処分で十分であって、本件仮処分は保全の必要の範囲をこえる違法なものである。
2 青梅交通は昭和四〇年三月一〇日被控訴人に吸収合併され、その権利義務は一切被控訴人に承継された。
二、被控訴代理人は本件仮処分が保全の必要の範囲をこえるとの控訴人の主張を争い、その余の控訴人の前項主張事実を認めた。
三、≪証拠関係省略≫
理由
一、控訴人および青梅交通はいずれも一般乗用旅客自動車運送業を営み、青梅交通は昭和四〇年三月一〇日被控訴人に買収合併され、その権利義務が一切承継されたこと、本件土地は訴外秋山作一の所有であること、青梅交通は控訴人を相手方とし昭和三三年五月一五日東京地方裁判所八王子支部に対し本件土地について控訴人の占有を解き執行吏にその保管を命ずる仮処分を申請し、翌一六日その旨の決定を得その執行をしたこと、青梅交通は右仮処分の本案訴訟として控訴人を被告とし右支部に占有保持の訴を提起し、昭和三四年九月二二日青梅交通敗訴の判決が言渡され、この判決が控訴されず同年一〇月二一日確定したことおよび本件仮処分の執行は本案判決確定前の一〇月八日解放されたことはいずれも当事者間に争がない。
二、本件仮処分の申請理由は青梅交通において本件土地を占有しているにかかわらず控訴人がこの占有を害しているので、将来提起する占有保持の訴による請求を保全するためであることは当事者間に争がない。この仮処分の本案訴訟は原告である青梅交通の敗訴に終ったのであるが、≪証拠省略≫によれば、本案判決は青梅交通が本件土地の占有保持の訴を提起し、これに対し控訴人が本件土地を地主秋山から賃借したことを理由に地主に代位し青梅交通に本件土地の明渡を求める反訴を提起したところから、民法第二〇二条第二項にかかわらず青梅交通の請求について占有すべき本権を必要とすると解し、この本権が認められないことを理由に右請求を棄却したことが明らかである。従って右判決は青梅交通の占有を否定して請求棄却をしたものではないから、この判決をもって直ちに青梅交通に本件仮処分を申請し、執行することはその理由がなく違法であると断ずることはできない。以下本件仮処分の理由があったか否かについて検討する。
本件土地を含む原判決添付別紙第一目録記載の土地は昭和一五年四月一日訴外株式会社浅沼組(以下浅沼組という。)が地主秋山作一から賃借したことは当事者間に争がない。≪証拠省略≫を総合すれば次の事実が認められる。この認定に反する前記証人秋山の証言部分及び原審と当審における控訴会社代表者吉田久次の供述は措信できない。
すなわち、浅沼組は前記土地を賃借して以来その契約を更新して来たが、青梅交通は浅沼組に昭和三二年六月ごろから賃借地の一部である本件土地の転借方を申し込み、地主秋山の承諾を得て同年七月一日浅沼組と客待ちのための自動車置場に使用する目的で期間六月賃料坪当り七円の約で転貸借契約を締結し、同時に本件土地の引渡を受けて占有を開始し、以後トラック二〇台分位の砂利を敷いて地ならしをし、自動車数台を駐車させて、これを使用して来た。ところで浅沼組は昭和三二年暮頃秋山から前記賃借地の返還方を求められたので昭和三三年二月二〇日これに応じることになり同年四月末日限り賃借地を返還する旨誓約し、これによって浅沼組は秋山との賃貸借契約を合意解約し、なお秋山に右期日限り賃借地全部を返還する旨通知した。他方転借人青梅交通はその頃浅沼組の右返地を聞知し、秋山に本件土地の直接賃借方を交渉をしたがその承諾を得られないまま前記四月三〇日を経過し、同日を過ぎても青梅交通は依然として本件土地の占有をつづけていた。
以上認定のとおり青梅交通は本件土地について現実の占有を有しているから、浅沼組が地主秋山に本件土地の占有を返還する旨通知しても、これは代理占有者浅沼組の行為にすぎないので、このことによって青梅交通の占有は何ら影響はないわけである。
ところが控訴人が昭和三三年五月二日本件土地上にタクシー営業の看板を掲げ自動車数台を搬入しタクシー営業を始めたことは当事者間に争がなく、控訴人のこの行為は青梅交通の意思に反し一方的になされたことが、前記証人松下および藤村の各証言によって認められる。
これがため両者間に本件土地の使用につき紛争を生じ同日東京陸運局係官が現場に赴き、控訴人および青梅交通に対し二週間内に示談をすべく、その間双方とも本件土地を使用しないことを指示したことおよび控訴人は第三者が本件土地を使用しないようその周囲に有刺鉄線を張りめぐらしたことは当事者間に争がない。以上の事実によれば、控訴人は本件土地に対する青梅交通の占有を侵害していることが明らかであるから、青梅交通は控訴人に対し本件土地の占有の侵害を停止することを求める権利がある。
三、占有保持の訴は本権に関する訴と独立して認められている。これは本権を有する者がその権利の実現を裁判所の手続によることなくみだりに自力救済によることを禁じ、法的平和を維持することを目的とするからである。従って占有保持の訴が単に占有のみを保護するだけであるといっても、この訴による権利を保全するため仮処分を許さない理由はない。占有侵害者が占有をすべき本権を有しこれにもとずいて占有者にその占有土地の明渡を求める権利がある場合でも同様である。上記の趣旨の下に認められた占有保持の訴についての仮処分は本権に関する理由にもとずいてその許否を決定すべきでないからである。従って本件仮処分の理由があるか否かについては、その被保全権利の認められることは既に判示したところであり、その必要性もまた本件土地占有の侵害停止の請求について判断すれば足りる。本件仮処分は本件土地を執行吏の保管にするもので、控訴人の使用を許さない断行の仮処分であることは当事者間に争なく、従って単なる現状不変更にとどまるものではないが、控訴人は前記認定の如く青梅交通の占有地に一方的に自動車を搬入し、またその周囲に有刺鉄線を張り使用をできないようにした事情の下では、右の如き断行の仮処分を申請することは少くとも占有妨害停止の請求の実行を著しく困難ならしめる事態を防止する必要に出たものというべく、本件仮処分はその必要性を欠くものでないと認められる。
≪証拠省略≫によれば、控訴人は昭和三三年五月一日地主秋山から本件土地を含む六〇六坪余の土地を賃借し、青梅交通の占有保持の訴に対する反訴として青梅交通に対し右賃借権を理由に地主に代位し本件土地の明渡を求めたことが認められ、この結果青梅交通は前示の理由で本訴、反訴とも敗訴した。しかし、この事実をもって本件仮処分が理由あるか否かの判断の資料となすべきでないことは、さきに述べた理由から明らかである。もっとも、青梅交通は昭和三四年九月二二日敗訴の判決言渡を受け、翌月八日に本件仮処分の執行を解放し、判決言渡後も執行を維持していることになるが、この解放が判決に控訴せず、その確定する前になされたのであるから、右執行の維持をもって違法とすることができない。何となれば、仮処分債権者が本案判決に敗訴し判決確定したときは、敗訴判決言渡後は従来適法であった仮処分もその理由を失うと見るべきであるが、敗訴判決に控訴せずその確定前に執行を解放したことは、右仮処分に対する事後処置として相当とすべきであるからである。
四、控訴人は本件仮処分は著しく信義に反し違法であると主張する。控訴人が本件土地について賃借権を有し、地主に代位して青梅交通に対し本件土地の明渡を請求しうる権利があることは既に述べたとおりである。青梅交通が控訴人に右本権があることを知り、または知らないことに過失があったとしても、この一事によって本件仮処分の申請をし、その執行を維持することが著しく信義に反し違法であるとすることはできない。
本件についてみるに青梅交通は本案訴訟で敗訴したが、これは占有保持の訴にかかわらず占有すべき本権なしとの理由にもとずくものであって、青梅交通に占有保持の請求の成立することは既に述べたとおりであるから、青梅交通が控訴人の本権あることを知りまたは知らないことに過失があり、かつ控訴人において反訴を提起し勝訴しても、本件仮処分は信義に反するものということはできない。なんとなれば、さきに述べたとおり占有の訴を本案訴訟とする仮処分は本権の有無によりその許否を判断すべきではなく、もし右により判断すべきであるとすれば、不法に占有を侵害した本権者の行為を許し、自力救済を禁じた法の趣旨が没却されるからである。そこで他に信義に反する事情があるかを検討するに、控訴人は青梅交通が示談の意思なく外形上これに応ずる態度を示しながら秘かに仮処分の準備をし示談の最終期日に虚偽の事実を述べて仮処分の決定を得たことを主張して信義に反すると論ずる。青梅交通が、昭和三三年五月一五日まで示談の交渉をすすめ、右一五日に本件仮処分の申請をした事実は当事者間に争がないが、しかし控訴人の右主張のうち爾余の点はこれを認めるに足りる証拠はない。
五、以上の次第で、本件仮処分の申請および執行は何ら違法の点がないので、これを前提とする控訴人の請求はその他の点を判断するまでもなく、その理由がないというべきである。よってこれと同旨の原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西川美数 裁判官 上野宏 外山四郎)